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眼鏡小僧の独り言

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戯言名言集 クビキリサイクル

新青春エンタの決定版、戯言シリーズ!

「いーちゃん」こと「戯言遣い」が迷走する西尾維新のデビュー作です。

そんな戯言シリーズを全部読み返してみた。

ただ読むのもあれなんで、名言や心に残ったフレーズ、自分探しや創作の手がかりみたいなものを
まとめてみました。

ネタバレはないです。
まぁ読んだ人なら誰の台詞(心境)で、どのあたりかは分かるかと思いますが・・・

読んだことのない人は、気に入ったフレーズが一つでもあれば読んでみてはいかがでしょうか?



<クビキリサイクルより抜粋>

人の生き方ってのは、要するに二種類しかない。

自分の価値の低さを認識しながら生きていくか、
世界の価値の低さを認識しながら生きていくのか。

その二種類だ。

自分の価値を世界に吸収されるか、世界の価値を殺ぎとって自分のものへと変えるのか



関係ないんだよ、才能なんて。
俺はむしろそんなもの持ってなくてよかったと思ってるね。
才能なんて、くだらない

どうしてですか?

そんなしち面倒なもん持ってたら、努力しなくちゃならないだろ?
凡人ってのは気楽なもんだよ。
『極めなくていい』ってのは、絶対に利点だと思うぜ、俺は



才能があるものにせよないものにせよ、結局のところ人間は二種類に分類される。
それは追究する者と、創造する者。



人それぞれ、苦労があるもんだよ。

誰だって苦労してるし、そうじゃなくても努力はしてる。



​…​…​結​果​が​全​て​の​世​の​中​で​す​
 
​全​て​が​結​果​な​の​だ​と​、​私​は​思​う​け​れ​ど​ね​



君の意見は完全に間違っているという点に目をつむれば概ね正解だ。



能力に秀でた人間には二種類ある。

選ばれた人間と、選んだ人間。

価値のある人間と、価値を作り出す人間とだ。



きみはさぁ……、へぇ……、赤の他人のために怒れる人間なんだね。
そういうのってあまりよくないと思うよ。
悪くはないけど、よかぁないね

あら、どうしてかしら?
赤の他人のために怒れるなんて素晴らしいことだと、わたくしは思いますけれど。
今の世の中そうそうできることではありませんよ

他人のために感情を発揮できる人間はね、何かあったときに他人のせいにする人間だからだよ。
あたしはね、きみみたいな人間が最高に嫌いだよ



きみは他人に流される人間だね。みんながやってるからって理由で信号無視するタイプ。
言語道断なくらいに中途半端な人間だよ、きみは。

あたしはそれが悪いとは言わないよ。それが悪いとは、言わない。言わないさ。
主体性があることが必ずしも個人の価値に繋がるとは思わないからね。

レールの上を走れる電車は走らない電車よりもいい電車。
だからそこについては何も言わない。

でも、あたしはそういう人間、嫌い。大嫌い。
だって、そういう人間は人のせいばかりにして、自分で責任を取らないからさ



愛情の反対は憎悪ではなく無関心。

ただ単に嫌いなだけならここまで無理にからんでこようとは思わないはずである。



きみは別に記憶力がないから楽しいことを憶えていないわけじゃないと思うよ。
人生には楽しいことは沢山ないし悲しいことも沢山ない。

なぁーんもない。空っぽ空っぽ。
何もないっていうのは暗闇よりも怖いよね……

あはは、人生って楽しい



思わざるをえない。

ぼくは本当に人間なのだろうか?

全然他人の気持ちが分からない。



旅行はだめだ。
どうしても、余計なことばかり考えてしまう。
それが余計なことなのか、どうか、分からないけれど…

…とにかく、自己を崩壊させかねない、危険なことばかりを、思考してしまう。



上には上があるが頂点には下しかない。



後悔するという行為には心を休ませる意味があるらしい。

とりあえず後悔だけしておけば、今目の前にある問題から逃げることができる。
悪いのを全部昔の自分にしてしまって、だからそれは、とりたてて自責ってわけではなくて。
後悔している間は正しい自分でいられるから。



ぼくらの世界が誰を中心に回っているのかは知らないけれど、
所詮地球は太陽を中心に回っている。

つまりは、そういうことに過ぎないのだろうし、
決してそれ以上ではないのだろう。
それは誰であろうと同じことだ。

真実はいつも、ぼくの手の届かない場所にある。
しかしそんなもの、別に欲しくない。
つまりはそれが問題なのかもしれなかった。



たとえばきみは何のために生きているのかと訊かれたら、ぼくは念のためだと答えるだろう。

人が生きている理由なんてその程度のものだし、
ぼくが生きている理由もその程度のものだし、
大抵の人はその程度のものなのだ。



見下されているのではない、見上げているのだ




クビシメロマンチスト編】  【サイコロジカル編】  【ヒトクイマジカル編
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